槍ヶ岳 冬季北鎌尾根 単独登攀

日 程 2023年12月29日(金)-2024年01月03日(水)
ルート 北アルプス、槍ヶ岳北鎌尾根
メンバー
槍ヶ岳北鎌尾根。 山をやっている者なら誰もが一度は耳にし、憧れを抱く大クラシックルートである。 今では一般登山道と化している夏の北鎌尾根も、冬となればその姿は一変し、深い雪に閉ざされ人間を寄せ付けようとしない。 私も山を始めた頃に北鎌尾根のことを知り、夏に登ったのはもう15年以上も昔の話。その時は冬の北鎌尾根を登るなんて、考えもしなかった。
初めて冬の北鎌尾根を目指したのは2年前の2021年の年末。この時も1人で挑んだが、クリスマス寒波と年末寒波が重なって深い雪に阻まれ、湯俣にすら辿りつけなかった。 2022年の年末はパートナーとP4手前まで進むが、トラブルがあり撤退した。 そして今回、3年連続、3回目の挑戦となった。
【12月29日,金曜日,夜行】
行動:横浜(15:30)〜信濃大町駅 (20:00)〜高瀬ダムの上のトンネル(0:00)
早々に仕事を終わらせて電車で信濃大町駅へ。信濃大町駅でステビバするつもりだったが、予定よりも到着が早かったので、少しでも進もうと1人タクシーに乗り込み、葛温泉に向かった。 辺りはとても静かだった。真っ暗なゲートの前には私1人だけ。「コレから始まるんだ」と頭に思い浮かべながら、単身歩きはじめた。ザック重量は胴長や登攀装備込みで25kgになった。 この日のうちに高瀬ダムの九十九折りを終わらせたく、深夜0時頃に高瀬ダム上のトンネルまで歩みを進めた。

▲夜の高瀬ダム
【12月30日,土曜日,晴れ】
行動:高瀬ダム(8:00)〜湯俣(11:30)〜P2取付(15:50)
高瀬ダムを8時頃に出発。雪は少なく踏み跡もあった。名無し避難小屋の手前で2人とすれ違う。硫黄尾根を敗退してきたとのことで、28日に北鎌尾根に向かった先行PTも居ることを聞き、「頑張ってください」と元気をもらった。その後は長いアプローチを思考停止させて無心に歩いた。 湯俣に11時30分頃到着。渡渉装備の胴長に着替えていると後ろから3人組がやってきて、同じく北鎌尾根を狙っているとの事。

▲雪の少ない水俣川
3人組は巻道を進んで行った。渡渉は深いところでも膝位なので、胴長の私はお構いなく水流をジャブジャブ進んだ。川原歩きでは雪が少なく、岩の隙間を踏み抜きとても歩き辛い。 千天出合からのトラバースでは、笹藪が出てる所もあり苦労したが、P2取付きまでの渡渉区間を4時間弱で終わらせられた。胴長様様だ。 この日はP2の取り付きで幕営した。
【12月31日,日曜日,みぞれ〜雪,弱風】
行動:P2取付き(9:30)〜P3直下(15:30)
天気予報では大雪。標高の低いところでは雨&みぞれの予報。 夜半からテントを叩く音が聞こえはじめた。朝起きて外を覗くと、強いみぞれが顔に打ちつけ稜線は相当な雪が積もることが予想できた。 これで先行者のトレースは無くなるなぁ、と思いながらの即2度寝… 行動しても体を濡らすだけなので出発を遅らせ、みぞれが少し弱くなった9時30分頃に出発。 ここからは胴長はデポし、アックス&アイゼン等装着。ザック重量は21kg程になったが肩に錘のように容赦なく食い込む。 P2岩壁は去年も登っており、要領も得ていたためフリーで超え、P2のピークへと向かった。

▲P2の岩壁
標高も上がり、みぞれも次第に雪に変わっていた。先行者のトレースは降り積もった雪で既に消えている、P3への途中の急雪壁では絶えずスノーシャワーが降ってきて、雪崩れるかも、という恐怖が襲ってきた。 風も強かったので稜線には上がらず、15時30分頃にP3直下の東側で岩棚の雪面を切って幕営。雪は依然として降り続いていた。 ラジオの向こうには、紅白歌合戦の平和で賑やかな世界があった。「今日は大晦日か〜俺は1人で何やってんだ〜笑」と思いながらも、ウトウト…
【1月1日,月曜日,晴れ,弱風】
行動:P3直下(7:00)〜北鎌のコル少し上co.2520(16:00)

▲P3直下幕営地より
この日は朝から晴れ。前日の積雪でいきなりの膝上ラッセルから始まった。なかなか思うように進めないが、景色を眺めながら焦らずにゆっくりとP4へと進んだ。P4から見たP5-P6は、人を寄せ付けないほどの威圧感がある。

▲P5-P6は重なっている、後ろの大きなピークがP8
P5の基部までもズボズボと埋まりながらの登りとなり、P5は天上沢側をトラバースした。出だしのクライムダウンが90度くらいありそうで緊張したが、草薮を掴みながらなんとかなった。そのまま胸まで埋まりながら、雪崩るかもしれないという恐怖と闘い、今にも剥がされそうな急雪壁をトラバースした。そしてようやく辿り着いた所が本当のP5基部だった……。P5の前衛峰をトラバースしただけだったのだ。涙。 気を取り直してもう一度トラバースを開始、一歩横移動するたびに雪に埋まり、どんどん下っていってしまう。頭上の雪を崩して踏み固めながらのトラバース。途中、張り出した岩の下でシュルンドに1m程落ちた!「…おわった」と思った。 この前衛峰とP5の巻きだけで2時間以上も費やしていた。

▲P5基部への登り

▲P5の恐怖のトラバース
やっとの思いでP5-P6のコルに辿り着いた頃にはすっかり疲れきってしまっていた。 本当にこのまま進んで良いのか自問自答したが前進する事にした。 「だって今のトラバース戻るの嫌だし、帰るのも2日はかかるし、また来年来るのはもっと嫌だし…etc」等と独り言をいいながら、景色眺めながらのコーヒータイムを満喫したのだった。
P6は千丈沢側を巻くように通過。切れ落ちているがノーロープで登った。最早恐怖の感覚が麻痺している自分が怖い。 P7は偽ピークに2回ほど騙されてからハイマツを掘り出して懸垂×2回。

▲P7からP8と左に独標

▲P7から懸垂下降
この日は独標基部を目指したが、深い雪に阻まれなかなか進めず、P7から目星を付けた北鎌のコルの少し上で行動終了とした。 「もう後戻りはできない」「明日はどこまで行けるだろうか…」考えてもしょうがない。 陽の落ちた東の空には、オリオン座と満点の星空。とても綺麗だった。

▲星空が綺麗
そして夜にラジオで石川県沖で地震があった事を知った…。犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。
【1月2日,火曜日,晴れ,強風】
行動:北鎌のコルの少し上co.2520(7:00)〜P13.P14の間辺り(16:00)

▲幕営地と左からP4-P5-P6
この日も朝から晴れ。P8に向けての長い急登から始まるが、出だしから膝上のラッセルでいい加減うんざり…。今日中に独標を超えられるかな?いや超えたいな!と思いながら、一歩ずつ前進。 ふと左手中指に違和感を覚え、手袋の上から触ると明らかに他の指より硬く、感覚が無い…「ヤベッ!」と思い雪壁にバケツ掘って風除けを作り、カップに注いだテルモスのお湯で15分程温め、高温カイロを手袋に突っ込んだ。気づくのが早かったお陰で、なんとか感覚は戻ってくれた…。 P8上部は風で雪が飛ばされているようで、ラッセルからは解放された。だがアイゼンを蹴り込んでの登りとなり、ふくらはぎが悲鳴をあげた。下には奈落の底が広がっており、絶対に落ちることは許されない緊張感に包まれながらも、9時30分頃P8に到着。au携帯の電波はこの辺りから拾えた。

▲P8から振り返って

▲独標と自撮り
目の前には独標が立ちはだかる。 独標は直登か巻道かを悩んで、巻道を選択。

▲有名な「逆コの字」ここは簡単に通過できた
逆コの字の先で尾根のように張り出した雪壁に行く手を遮られた。 左側の雪の詰まったルンゼを登ろうとするが、途中から岩も露出しており、とてもじゃないがフリーソロでは登る気がしない。恐怖のクライムダウンをして、もう一本右のルンゼも登ろうと試みるが、やはり登れない。 独標基部まで戻って直登ルートに行くか迷った。 行く手を遮るように張り出した雪壁をそっと壊しつつ向こう側を偵察すると、どうにかそのまま進めそう。その先の左手に開けた雪斜面が現れてそこを登るが、下からの吹上げてくる風が強く、斜面は風によって磨かれ氷と化していた。またもやふくらはぎが悲鳴をあげた。 13時20分頃に独標少し先の稜線に登りあがると… やっと、槍ヶ岳が目視できた。 「ここまで来たかー!」喜びが溢れる。 そして「最後まで絶対安全に!」と、自分に強く言い聞かせた。

▲やっとこさお出まし

▲頑張って自撮り

▲頑張って自撮りPart2
独標からも決して楽ではない基本尾根通しを進み、アップダウンを繰り返す。緊張する痩せ尾根が続き、ルーファイのセンスが問われる。 この日のうちに槍ヶ岳山荘冬季小屋の到着は無理そうなので、幕営できそうな所を探しながら、16時頃に2873ピークから200mほど進んだコル(P13〜P14の間辺り)を、土木工事して幕営。 テント内側には氷が張り、シュラフを取り出すと氷の塊のようになっている、妙に寒い夜だったな。

▲P13-P14の間辺りで幕営
【1月3日水曜日 高曇り〜濃霧 強風】
行動:P13.P14の間辺り(6:40)〜新穂高(16:45)
目が覚めると風に飛ばされてきた雪にテントが埋まり、妙に狭い。除雪する為に外に出るとまだ薄暗く、とても寒かった。遠くには燕山荘の灯りが見えた。「あそこは暖かいんだろな〜」と思うとともに「今日中に下山できるかな〜…いや絶対に下山しよう!」と意を決する。  常念山脈越しに昇る日の出を見ながら、緊張する細尾根を辿る。

▲常念山脈から昇る日の出

▲裏銀座

▲笠ヶ岳も真っ白
時々現れる先行者の、足跡の風雪紋を発見しては安堵した。そんな時、改めて自分の弱さを思い知った。 P15は懸垂せずに雪を繋いで降りられた。北鎌平まで来ると目の前に槍ヶ岳本峰が悠然と聳え立つ。が、徐々にガスに包まれていく…。

▲あとちょっと
山頂直下まで辿り着くと、上から2人PTが懸垂してきて北鎌尾根を降るという 屏風岩の方から縦走してきたらしい。「スゲ〜!」と呟くと「北鎌尾根ソロすげ〜ですね!」と返された。実に4日ぶりに人間と会話した。 ちょっと嬉しかった。 ここまでの健闘を称え、この先の安全山行を互いに熱願した。 残すは穂先までの最後の登攀。 頼れるのは15年前の微かな記憶と、自分のルーファイセンスだけ。 暖冬の影響なのか氷になっている箇所も多くあり、岩と氷に行く手を阻まれる。 氷に5mm蹴り込んだ平爪アイゼンを信じ、身体をゆっくり持ち上げる。 外れれば300mは吹っ飛ぶであろう緊張感との闘い…!弱点を見つけながら、上へ上へと攀じっていく。
やがて、目の前に見慣れた祠を確認した時、そこが山頂なんだ、と、気づく。

▲ロックオン!
9時50分にトップアウト。山頂には誰もいない。風は強いが、時が止まったような静寂に包まれ、なんとも不思議な時間だった。
「…ついに終わった。」
ここまで来るのに3年かかった。 冬季北鎌尾根を、やり遂げたんだ。 そう思うと、涙が流れ出しそうになった。

▲とりあえず自撮り
穂先からの下山も氷化してる箇所が多く、慎重にクライムダウンをした。 天気は下り坂、肩の小屋には寄らず、そのまま西鎌尾根へ進むが、濃霧に包まれ風も強い。ルートを何度か見失ってしまい、体温もどんど削られてゆく。振り返ると先程まで聳えていた槍ヶ岳はガスに隠れてしまい、既に見えなくなっていた。 このまま尾根上を進むのは危険と判断。雪崩る程の雪も無いので単純なカール地形の飛騨沢に進路を変える。

▲飛騨沢から槍ヶ岳方面
降り始め、出だしの200m位はやはり氷化しており、延々とクライムダウンをした。低い方低い方へと降ればいやでも槍平小屋に辿り着くはず、それを信じて、延々と降り続けた。やがてガスの下に出ると視界も開け、遠くにトレースが見えるものの、辿り着くまでの道がこれまた膝上ラッセル敢行。最後まで楽させてはくれない、深呼吸しながら一歩、また一歩と、着実に歩を進める。 トレースを捕まえた後は快適な高速道路。槍平小屋でしばし休憩。

▲槍平小屋、平和!
身体中痛いのを我慢し、最後は牛歩になりながら新穂高に16:30頃下山した。 長く、寂しく、辛い山行が、やっと終わった…。
より深い山の中へ。 より困難な山の中へ。
そんな1つの山行として、今回、冬季北鎌尾根尾根を完登できた事は、大変嬉しく思っている。